テニスクラブのContrast 〜嬉し恥ずかしデートの対比。 中編〜

果たしてこれがデートと定義できるのかどうかはともかくとして
2人のコーチと2人の少女のデートの対比はまだ終わらない。

さんの場合』

さて、お好み焼き屋にて注意をろくに向けてなかった為に
闇鍋気分を味わっていたさんは今丁度運ばれてきた
メニューを食しているところだった。
ろくすっぽ正体を確かめなかったにも関わらず彼女の口にも合ったのは幸いだ。
無駄に機嫌のいいコーチを目の前にして困惑しまくっている状況は
今もまるっきし変わらんのであるが。
何かを話す気にもなれないさんを他所に千石氏は何やら
ペチャクチャと口走っていて、本当に楽しそうだ。

「でさ、俺そん時言われたことすっかり忘れちゃっててさ〜、
そいつにすっごく怒られたんだよね。でも誰だって忘れる時はあると思わない、
ちゃん?」
「はぁ、そうですね。」

千石氏の場合はしょっちゅう何か忘れてばかりだと思うが口にはしない。
これが気を遣ってるのではなく単に反応するのも阿呆くさいからというところから
きてるのがさんの特徴である。
おいおい、一目惚れしたんじゃなかったのかよ、という突込みを入れたくなる話だが
彼女の場合それとこれとは話が別だ。

という訳で話自体には関心なし、お好み焼きを口に運びつつ
さんは何の気なしに千石氏を見ていた、のだが…

「コーチ、ピアスなんてしてたんですか?」

ふと気がついたことをさんは口にする。
さっきまで全然気がつかなかったが、千石氏の片耳にシンプルだが
洒落たデザインのピアスなんぞがついている。
日頃あまり他人様のことに注意を向けない(さんは除く)さんなので
わからなかったようだ。

「ん、ああ。」

一方、どういう訳だか千石氏は指摘されて嬉しそうである。

「オフの時はよくしてるんだ。」
「そうだったんですか。」
「え〜、知らなかったの?」
「どうでもいいんで。」
「ハハハ、ちゃんってホントシビアだよね〜。」

言ってることと表情がまるっきり一致してないのは完全に千石氏のパターンと言えよう。

「実は今日ちゃんにもあげようと思って、持ってきたんだけどね。」
「はぁ、って、ええ?!」

思わぬ話にさんはお好み焼きの切れ端を落っことしそうになる。
今この人何て言った?ってゆーか、何で都合よく用意してるの?
何やら包みを引っ張り出して差し出す千石氏にさんは
ひたすら呆然とするしかない。

「ほらっ、俺と同じデザインにしてみたんだよ。これでお揃いだね☆
あれ、どうしたの、ボーッとして。
そんなに喜んでくれたんだー。よかったら今つけたげようか?」

普通に考えたらこの場で出来るかい!という突込みが入るが
何だかんだ言ってもまだ千石氏の唐突さに完全適応してない
さんはあわてふためく。

「アハハ、冗談だって。やっぱちゃん可愛いな〜。」

さんはこの一瞬だけ、惚れる相手を間違えたよーな気がした。

さんの場合』

さんが一応平和に千石氏と夕飯にしている頃、いきなし
俺様コーチに慣れない場所へ引きずられて荷物持ちを
させられたさんは相変わらず大量の荷物を
持たされたままさっさと歩くコーチの後ろをピョコピョコと
ついていくのに必死だった。
何だって自分がコーチの勝手に付き合わされて荷物―
それもうっかり落としたらヤバイ高級品―を持たされねば
ならないのか釈然としないが例によって跡部氏には何を
言っても無駄なのはわかりきっているのが辛い。

「あの〜。」
「てめぇは1秒たりとも黙ってられねぇのな、今度は何だ。」
「私はいつまで荷物持ちせなアカンのですか?」
「んなモン俺がいいって言うまでに決まってるだろ、馬鹿かお前。」

やっぱりこいつ、いつか息の根を…とさんは思って何か言いかけたその時…

ぐぅぅぅぅぅ

「何だ、今の音。」
「要はエネルギー切れです。」
「要は腹が減ってんだろ。」

減らないはずがあろうか。跡部氏がさんを強引に連れてきた時点で
結構いい時間だったのだ、まともな人ならとっくに夕飯にしているところである。
ついでに言うと、普通に言っては面白くないという方向に
思考が走るのがさんの性分だったりする。
そしてそんな程度で動じないのが跡部氏であった。

「しょうがねぇな、腹が減ったと泣かれちゃ面倒だ、飯にするか。」
「荷物わざと落としたろか。」
「ぶっ殺すぞ。」

とか何とか言いつつも、ちゃんと連れてってくれるあたり跡部氏も一応人間である。
しかしなんてったって跡部氏なので例によって行き先はとんでもない。
故にさっき高級百貨店で度肝を抜かれたばかりの少女はまたも
心臓がどうかなりそうな気分を味わうこととなった。

「何モタモタしてやがる、さっさと来い。」
「ハァ。」

気のない返事をしたとたん、素早く後ろに回ったコーチに背中をドギャッと蹴られる。

「早く歩けっつてんだろが。」

そんなことを言われたってさっき思い切り場違いな所に入ったかと思えば
今度入ろうとしてる所もこれまた高級そうなレストラン(推定:フランス料理)で
思い切り場違いとしか言えなかったりするのだから、さんにしてみれば
自然足取りは重くなる。しかし、跡部氏だってそんなこたぁお見通しだ。

。」
「ふぁい?(はい?)」
「何か転がってんぞ。」
「え?」

振り返った瞬間目に入ったコロコロ転がっていく物体にさんはあー!と声を上げる。

「携帯のストラップ切れとうやーんっ?!」

ま、つまりはそーゆーことである。転がってたのは切れちゃったさんの
携帯ストラップの飾りだったのだ。
勿論、この事態に落ち着けるようなさんではない。

「あーあーあーあーっ!」

まるであざ笑うかのように転がり続けるビーズ玉を少女はしばらく追っかける。
ちっとばかりしてからのことだ。

「よっしゃ、やっと捕まえた。」
「いらっしゃいませ。」
「へ?」

逃げる飾り玉を何とか捕獲したさんはすこぶる丁寧な挨拶を食らって面食らう。
ふと気がつけば…

「あ゛ーっ!」

さんは声を上げる。いつの間にやら彼女はさっき入るのを
ためらいまくってた店の中、まさかと思いつつ振り返れば、
跡部氏がニヤァと悪魔の笑みを浮かべていた。

「このっ…ハメおったな、俺様コーチっ。」
「バーカ、1個のことにばっかかまけて周りを見れない奴が悪い。」
「だあああっ、もう!」

マジで誰かこいつ葬ってくれ!

さんはこの時ほどそう感じたことはなかった。


夕飯食べること一つにしてもこの歴然たる対比。
脳内突っ込み炸裂のデートは一体どうなるやら、
それは誰にもわからない。



さんの場合』

跡部氏に嵌められて、分不相応な店で晩御飯と洒落込むことになってしまった
さんはそれはもういつも以上に困惑していた。
というのも彼女はこういうとこでのテーブルマナーたるもんが
全然わからないからである。
ふと向かいの席に目をやればあんまり好きじゃないかもしんない
唯我独尊コーチがいるし、例によって人目は異常に気になるし、
何で私がこんな目に!という文字が彼女の脳内で点灯している。

「まだふてくされてんのか、このガキ。」

さんの発する抗議オーラに気がついたのか跡部氏が口を開いた。

「手間のかかる奴だな。」
「一体誰のせぇやと思ってはるんですか。」
「知るか。」

本当にわかってないのか、知ってて言っているのかがすこぶる微妙なトコだ。

「まぁてめぇにこういう場所でのテーブルマナーなんざ
わかってるとは思ってねぇが、せめてフィンガーボールの水を飲んだりはしてくれるなよ。」
「飲まへんわ!」

人をなめるのも大概にせぇよ。

いくらさんでもそれくらいのことはわかる。
年端の行かぬ高校生といえど侮ってはいけない。
とは言うものの跡部氏には何を言っても無駄であることは
さんだって先刻承知である。
ただしその一方で釈然としてないのは当然といえよう、人間として。

そうこう考えているうちに店員さんがやってきて
クソ丁寧な物言いでメニューを持ってきたりする。
さんは開いて目を通してみるが、見慣れぬ文字の羅列に
何がなんだかよくわからない。
料理の名前は何とかの何とかかんとかの何とか風とか何とかといった
長ったらしいものばかりだし、長い長くない以前に料理自体
一体何の素材を使ってるんだか見当が付かないのだ。
既にさんはそれが肉料理か魚料理かすらわかっていない。
そして彼女は肉より魚貝類を好むタチだった。

「おい、ボケ。」

うんうん考えていたら跡部氏に声をかけられた。
最近わかったことだが彼がさんを名前呼びする時は
必ず何か余計な修飾語句がついている。

「何頭抱えてんだ、ああ?」

どうせ言わんでもわかってるんやろが、とさんは思った。

こいつ、絶対私の事バカにしとうわ。

「ま、大方メニュー見ても何がなんだかわからねぇってトコか。」
「わかってるんやったら黙っとけや。」

呟いた瞬間、テーブルの下で足を踏まれた。
これで何度目かの激痛に涙を飲むさんだが、

「フン、意地張らねぇでさっさと俺様に任しときゃいいものを。」

跡部氏は完璧に無視している。

結局跡部氏に注文を任せる羽目になったさんが
空腹のせいでムカつき度が通常の1.5倍になっていたのは最早語るまでもないだろう。

さんの場合』

夕飯を済ませたさんは千石氏に連れられてようやっと店を出た。
千石氏の数々の言動のおかげで散々恥ずかしい目にあったが
これでやっと逃れたというものだ。

「いやー、楽しかったね。」
「はぁ。」

1人ご満悦の千石氏にさんはどこが?と思う。

こっちは大分迷惑したんだけど。

「じゃ、腹ごしらえも済んだことだし、次行こっか。」

次?!
この瞬間、さんは思わずババッと千石氏の方を向いた。

「あの、まだどこか行くんですか?」
「あったりまえじゃない、だってデートだよ?」

千石氏は至極自然に答えてくれるが言われた方はそうは行かないのは言うまでもない。

「で、でももう結構な時間だし。」
「何言ってんの、まだ若いのにー。ちゃんってやっぱ真面目なんだね。
だけどダメだよ、たまには羽目を外さないとさ。」

そーゆー問題ではない。
というより、とてもいい大人の発言とは思えない。
良い子の皆さんは真似をしない方が懸命だ。
さんは沈黙するしかなかった。

「あ、もしかして電車が無くなるって心配してるとか?
大丈夫だって、ちゃんと送ってくからさっ。」

勝手に話を進める千石氏に結局さんはズルズルと引き込まれてしまった。
惚れた弱みかどうかは微妙なところである。


そうして車に乗っけられて着いた先で、さんはちょっとしたストライキ運動を
行うこととなった。

「おーい、ちゃーん。」

車を降りたその場で立ったまま動こうとしないさんを
向こうで千石氏が呼んでいる。
しかし、さんは無視。

「どーしたの〜?」

どうしたも何もさんは動きたくないんである。
千石氏が何を言おうとも動く気はまるっきしない。
そうして突っ立ったままの彼女の横線と化した目の見つめる先には
カラオケルームの看板があった。

何でカラオケルームの前で硬直するのか理解出来ない
普通の方の為にもここは一つ説明する必要があるだろう。

実はさんは人前で歌うのが極端に苦手な人なのである。
日々受難者の親友であるさんの前は例外だ。
さんとなら一緒に出かけた時、高確率でカラオケに寄ってたりする。

しかしあくまでもこれは例外なので他には適用出来ない。

というのもさんはあまり自分の声に自信がなく、
出来れば一番親しいさん以外に聞かれたくないのである。
そうなると相手が千石氏というのは彼女にとって抵抗が
ありまくるのは無理からぬことだった。

そういう訳で千石氏に連れてこられた瞬間、さんは困った。
まるでレポートの提出期限が迫ってるかのごとく困りまくった。
で、車から降りたさんがどうしたかというと、
前述の行動に話が戻るのである。

ちゃーん。」

未だ来ようとしない生徒を呼ぶ千石氏の声が遠くに聞こえる。

(聞こえない、聞こえない。)

最早さんの脳は現実逃避行動を始めている模様だ。

(とにかく私はここを動きたくない。絶対動くもんか。)

一度決心した乙女の心は堅い。が、お気に入りに対して
並々ならん執着(と書くと何かちょっと恐くなるが)
を抱いてるにーちゃんの根性も侮ってはいけない。
さんがどうしても動こうとしないのを見て取った千石氏が
とうとういっぺん来た道を戻ってきたのだ。
それを視認したさんは堂々とそっぽを向くが
戻ってきたコーチに強制的に頭の向きを変えられてしまう。
ちなみに千石氏の強引さは本人にその気はない
天然のモノなので安心してよろしい。

ちゃん、どうしたの?さっきからじっとしてるけど具合でも悪いのかな〜?」
「い、いえその。」
「大丈夫だよ、俺がいるから補導なんかされないって。」

問題はそっちではありません。

「そうじゃなくて、」
「あ、わかった、知り合いに会ったら困るんだね。
それも大丈夫だよ、どうせならデートだからって自慢しちゃえば。」

人の話は聞けってなシチュエイションだが思い込みの激しい人は
何も受け付けはしないのが世の常人の常…

「それじゃ、心配も無くなったトコでいこっか☆」

全然無くなってないって!

心の中で叫びながらも結局千石氏に引きずられていくさんだった。

で、受付やなんやかんやは千石氏に全部任せたさんは
非常にむっつりとした表情で案内された部屋に入った。
多少覚悟してたことだが店員には不審げな目を向けられるし
何より避けたい事態を避けられなかったので機嫌は非常によろしくない。
千石氏はというと、さんの様子などお構いなしに
どっちが先歌う〜?、などとのたまいながら嬉々としてリモコンを弄っている。

「お、この機種かなり曲数あるねー。ちゃん、良かったら先選ぶ?」
「嫌です。」
「い、嫌って…」
「どうぞお先に。」
「あ、そーゆー意味…」

千石氏はちょっと納得してないような感じだが
とりあえず自分の好きな曲をセットする。
さんはその間に高速で目次本を捲めくって何とか
自分がまともに歌えそうな曲を探しにかかる。

事はまだ始まったばかりだった。


そゆ訳でまだまだ終わらないデートの対比だが、なんだかんだ言って
さんとさんにとってこのデート(らしきもの)は
多少なりとの災難が含まれている点で共通している。

所詮受難者なわけだ。合掌。


作者の後書き(戯言とも言う)

皆様長らくお待たせしました。
一体何ヶ月何だかわからんブランクを経て
やっと更新であります(苦笑)
もはや前回までの展開がどうであったか覚えてる方は
いらっしゃらないよーな気がする…
書いてる本人が一体前回どこまで行ったんだか
記憶になく、前回のファイルと首っ引きだった始末ですから。
それにしてもきっちりデート編は3部になるの決定になっちゃいましたな。

大丈夫です、いくら時間がかかろうがちゃんと書き上げるのが常ですから。

2006/07/16



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